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お知らせ

梅収穫のはずが。。。

2011.07.04

個展直前ですがっっ毎年恒例、梅の収穫に、今は誰も住んでいない父の生家がある京都の北部、丹後大宮に行ってきました。

その家の庭に大きな梅の木があって、祖母が亡くなった後、両親と一緒に毎年収穫に行ってて、ここ6年くらいは私も梅干しや梅酒をつけてました。何にも世話してないのに多い年は一本の木から70キロもとれたのです。花の季節に見た事ないんだけどきっと見事に咲き誇っていたんだろうな。収穫の時、梅の木の下から見上げるキラキラした緑の木漏れ日がとっても気持ちよかったのです。

110702_1454~01そして今年も、どれだけ実なっているだろう出かけたのですが。。。
なんと隣の土地の柿の大木が梅の木の上に切り倒されていて、梅の木がなくなっていたのですっっっ。
ひどい有様で、見たときはショックで母と言葉を失ってました。
隣の土地の人が悪びれもなく木を倒したと言いにきて、ニコニコしながら挨拶にきたおばあさんに近所付き合いもあるし文句は言えず、でも『この梅の木大切な木だったんです』と文句のかわりにワンワンないてしまいました。そしたらおばあさんもやっと分かった様子。でももう遅いよ。。。木は元通りにはならない。
泣きじゃくりながら、なんとか残った枝だけでもと、上に乗っかってる枝をどけて、切れないノコで切って、倒された枝で生きてるところは持ち上げてあげて。。。でも二股に分かれた梅の木の根もとには直径50センチくらいの大木が乗っかったままになってて。。。ほんとひどい。

両親の前で子供みたいにずっと泣いてしまいました。こんなの大人になって初めてかも。

梅の木が折られたのはもちろん哀しいけど、年に一回両親と一緒にこの家に来る理由がなくなってしまうのがもっと哀しい。お墓ももう実家の近くに移す段取りもできてしまってるし、梅の木が枯れてしまったら土地も手放すんだろうな。
もう住む事はできない廃墟になってるボロボロの茅葺きの家だけど、祖父母が住んでいた頃は弟と父と自然の中で遊びまわった思いでいっぱいの大切な場所なのです。
でも、大切に思ってる気持にも梅の木がなくなって涙があふれて初めて気がついたことで、こんなに思っていたなんて自分でもびっくり。無くさないと気づけないなんて。。。きっとそうゆう大切なものが生きて行くほどに増えていって、それはとても幸せな事なんだ。でもそれらも梅の木と一緒でいつかはなくなってしまう。とても哀しいけど、幸せな事なのか。。。
梅の木一本でもこんなに悲しい。震災で家や大切なものをなくした人たちの気持は私の想像力では足りない悲しみなんだろうな。。。

忙しいし梅収穫にいくこと迷ったりしてたし、あんまり実をつけてないほうがいいななんて思ったりしてたんです。だからなんだかちょっと招いてしまったんじゃないかという反省もあり。。。もっと感謝の気持をもっているべきだったなぁ。。。ごめんなさい。

あまりにショックを受けている私を見るに見かねた父が、上に乗っかってる大木をどけてもらうように頼んでくれたらしい。これで来年なんとか復活してくれたらいいんだけどな。。。かなり枝が折れたり切られたりしてるから微妙そう。あとは願うのみです。。。

なんだか泣きすぎて、心がぽっかりしてしまった。。。まぁ、そんなこともあるわいね。

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